過程を省いたとき、何が一緒に消えるのか
検索と生成で、結果は一瞬で手に入るようになりました。省かれた過程には、技術以外のものも入っていました。
目次
この連載の1本目で、こう書きました。知が残る会社と残らない会社の差は、記録の有無ではない。
最後の1本で、その差を書きます。
結果だけが、手に入るようになりました
かつて、情報は苦労して手に入れるものでした。職人は長い年月をかけて技術を覚え、その過程で失敗し、理由を学び、判断の仕方を身につけました。
いまは違います。検索すれば答えが出て、生成すれば形になります。過程をスキップして、結果だけが一瞬で手に入る。
これ自体は、明らかな前進です。過程にかかっていた時間の多くは、必要のない苦労でした。
ただし、過程に入っていたのは時間だけではありませんでした。
過程に入っていたもの

結果だけを受け取った人は、なぜその結果なのかを説明できません。状況が変わったときに、何を変えればいいのかも分かりません。
そして過程の中には、技術以外のものも入っていました。道具への配慮、先に進んだ人への敬意、失敗した人への寛容。過程を通らずに結果だけを得ると、これらを学ぶ機会がなくなります。
「どう見えるか」が、「どうあるか」より速い
現代のビジネスでは、どう見られるか(Appearance)を整えるほうが、どうあるか(Being)を整えるより早く成果が出ます。
検索順位、SNSの反応、見栄えの良い資料。どれも結果だけで評価されます。過程を問われる場面が少ない。
過程が評価されない環境では、過程は省かれます。これは個人の道徳の問題ではなく、評価の構造の問題です。前の連載で扱った「測ったものが最適化される」と同じ性質が、ここでも働いています。
知が残る会社との差は、過程が残っているかどうか
1本目の問いに戻ります。
知が残る会社と残らない会社の差は、記録の有無ではありません。記録があっても、残っているのが結果だけなら、知は残っていません。
結果だけが残る会社 何をしたかは分かる。なぜかは分からない
過程が残る会社 ★ なぜそうしたかが分かる。だから変えられる
過程が残っている会社では、後から来た人が判断を更新できます。結果だけが残っている会社では、守るか捨てるかしかできません。
ALTEVOはこう考えています
私たちが伴走の中で残そうとしているのは、結果ではなく過程です。
共進化パートナーでは、最初の段階はALTEVOが運用を回します。現場が忙しい状態で新しい仕組みを入れても、回す人がいなければ定着しないからです。

そして、ALTEVOが回した記録は、そのまま手順書になります。何を試し、何がうまくいかず、なぜ次にこうしたか。お渡しする時点で、すでに過程が書かれた状態です。
「今月から、この操作はそちらで」と、毎月ひとつずつ移します。回し続けることが目的ではありません。最終的に、社内で過程ごと回せる状態になったとき、伴走を終えます。
私たちに解決できないこと
前の連載と同じく、できないことも書いておきます。
★ 過程を重んじる文化そのものを作ること
★ 評価制度を、結果から過程へ切り替えること
★ 道徳心を、仕組みで育てること
過程を残す場所は作れます。しかし、その過程を読みに行くかどうか、過程を評価するかどうかは、組織の側の判断です。
反証:過程をすべて残すことはできません
はっきりした限界があります。過程を全部記録すると、仕事が止まります。
試行と失敗のすべてを書き残すことは、現実的ではありません。記録にかかる時間が、仕事そのものを上回ります。残すのは、判断が分かれた箇所だけです。誰かが反対した、複数の案があった、見送った。
もう1つ。過程を重んじることは、しばしば効率を捨てることでもあります。すべての判断に過程を求めると、意思決定が遅くなります。結果だけを受け取ってよい場面は、実際に多いのです。何に過程を求め、何は結果だけでよいか。その線引き自体が、経営の判断です。
次の連載へ
この連載では、人が辞めるときに知が残らない構造を扱いました。次は、残っているはずの数字が、実態を映していないという話に入ります。
利益は出ている。なのに、現金がない。
次の連載では、5本かけてそこを扱います。
この課題に、ALTEVO は2つの形で向き合っています。